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来年は桜の下でお弁当・・もう今年の反省・・

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今年の満開桜の風景・・・なつかしんでます
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きれいだったな~
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今年はおじいちゃん・おばあちゃんと家のなかでお花見弁当だよ・・あちこちにさくらの花があります。答えは5個・・見つけられたかな?
来年は、お弁当持って、花見がした~い・・・花粉症だけど
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ゆきのハウスは新築♡

旧家屋解体風景・・・長年住み慣れたハウスの解体に、おろおろするユキちゃんです。
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でも、新築ハウスに、まあまあご満足・・なんか小ぶりじゃない・・・アイリスオオヤマ中型犬舎です。
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故郷の春だよ~!

桃の花
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桃の花と南アルプス
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菜の花と桃の花と南アルプス  
別名

“桃の花祭り”の締めくくりは、川中島の合戦・・我らが武田信玄VS上杉謙信  エイエイお~っ!!
べつめい

こどもの日の五月飾り出しました!!

こどもの日が近づき、今年も物置から出してきました!!・・子供たち、この鎧兜はもうとっくに着られなくなるほど大きくなりましたが、刀は持ってみたくなるらしい・・・連休過ぎて片付ける前に記念撮影しませんか?
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端午の節句・・って

端午(たんご)の節句は、奈良時代から続く古い行事です。
端午というのは、もとは月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味で、5月に限ったものではありませんでした。しかし、午(ご)と五(ご)の音が同じなので、毎月5日を指すようになり、やがて5月5日のことになったとも伝えられます。

そのころの日本では季節の変わり目である端午の日に、病気や災厄をさけるための行事がおこなわれていました。古く中国では、この日に薬草摘みをしたり、蘭を入れた湯を浴びたり、菖蒲を浸した酒を飲んだりという風習があったことから、日本の宮廷でもさまざまな行事が催されました。厄よけの菖蒲をかざり、皇族や臣下の人たちには蓬(よもぎ)などの薬草を配り、また病気や災いをもたらすとされる悪鬼を退治する意味で、馬から弓を射る儀式もおこなわれたようです。古来おこなわれていた宮廷での端午の行事も、時が鎌倉時代の武家政治ヘと移り変わってゆくにつれ、だんだんと廃れてきました。しかし、武士のあいだでは尚武(しょうぶ=武をたっとぶ)の気風が強く、「菖蒲」と「尚武」をかけて、端午の節句を尚武の節日として盛んに祝うようになったのです。

やがて江戸時代にはいると、5月5日は徳川幕府の重要な式日に定められ、大名や旗本が、式服で江戸城に参り、将軍にお祝いを奉じるようになりました。また、将軍に男の子が生まれると、表御殿の玄関前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて祝いました。

このような時代の変遷のなかで、薬草を摘んで邪気をはらうという端午の行事が、男の子の誕生の祝いへと結びついていったと考えられます。やがてこの風習は武士だけでなく、広く一般の人々にまで広まっていきます。はじめは、玄関前に幟や吹き流しを立てていたものが、やがて厚紙で作った兜や人形、また紙や布に書いた武者絵なども飾るようになっていったのです。さらに江戸時代の中期には、武家の幟に対抗して、町人の間では鯉のぼりが飾られるようになりました。

花祭り

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今日はお釈迦様の誕生日です。お釈迦様の誕生日(4月8日)を祝う仏教行事「花まつり」が、お隣のお寺でも行われお邪魔してきました。お釈迦様を飾る桃の花と甘茶をいただいてきました。釈尊は生まれた直後に周囲を見わたし七歩あるいて右手を天に指し左手を大地に向けて「天上天下唯我独尊」(てんじょうてんげゆいがどくそん)と言ったとか。その時天竜が天から下って甘い露を潅(そそ)いだ、という説話が元になっているそうな・・・人間一人ひとりが宇宙にただ一つしかない命をいただいている尊い存在だという意味です。<
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さくら満開・・

う


よざ
家の桜…ソメイヨシノ・・樹齢15年・・うち指定の記念樹・・夜桜ライトアップ情景・・・
そして今日は、慈雲寺の糸桜を参拝してきました。県の天然記念物になっており、満開時に根本から上を見上げるとサクラの天蓋のように見える・・見えた見えた・・樹齢300年以上、しだれ桜は糸が垂れたように淡い紅色の花を咲かせることからイトザクラと言われているそうです
ざ


と


い
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